インド 机上再旅行

2015 (← 2002.12)

 

ジャイプル

 

 ジャイプルの観光地点

 

 ここでも、インターネットからの写真を多く借用した。

 

ジャイプル

 ジャイプルは、デリーの南西約260kmに位置し、ラージャスターン州の州都、都市部の人口300万人余りである。約10kmの赤い城壁に囲まれ、別名「ピンク・シティー」と呼ばれる。1876年にヴィクトリア女王の息子、アルバート王子がこの地を訪れ、藩王一家の歓待を受けた時に、王子の好きなピンク色に市街の建物を塗ったのをきっかけとして、伝統的に建物にピンク色の塗装が施されるようになり、現在でも「ピンク・シティー」と呼ばれる景観を作っている。

 シティ・パレスは、ヒンドゥとイスラムの混交建築様式の宮殿で、ジャイプルの城郭都市を建設したマハラジャ、サワーイ・ジャイ・スィン2世により1726年に建築が着手された。

 王族(マハラジャ)の子孫は、1947年のインド独立後もシティ・パレスに居住しており、その一部が博物館として公開されている。

 博物館となっているディーワーネ・アーム(謁見の間)には、銀製の大きな壷(水入れ)が2つ展示されている。345kgもあるとのことで、1902年、マハラジャがイギリスへ渡航する際に、沐浴用にガンジス川の水を入れていくために作られたものということである。

 

奥に見える7階建にマハラジャの家族が居住 PC260086

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博物館 PC260082

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奥に見えるのがディーワーネ・アーム PC260084

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奥の右端に壺が見える PC260085

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大きな銀の水入れ PC260087

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同上 Jaipur7

 

ハワー・マハル(風の宮殿)

 ピンク・シティと呼ばれる街区の一角にある宮殿史蹟。1799年当時、この街を統治していたラージプートの王サワーイー・プラタープ・シングによって建てられた。ハワー・マハルはシティ・パレスの一部であり、ピンク色の砂岩を外壁に用いた5階建ての建造物で、953の小窓が通りに面している。

 当時、イスラムの影響を受け、外を歩くことができなかった宮廷の女性達が、宮殿から続 く細いトンネルを通って風の宮殿に来ては、自らの姿を外から見られることなく、この小窓から街の様子を見たり、祭を見て楽しむことができるようになってい た。

 この小窓を通して風(ハワー)が循環することにより、暑いときでも涼しく保たれるような構造となっており、この宮殿の名前の由来ともなっている。

 

ハワー・マハル Jaipur5

 

側面から見たハワー・マハル Jaipur6

厚さ(奥行き)が非常に薄い

 

 ハワー・マハル<動画> (右クリックでダウンロード 52MB、3.5分)

 

 

ジャンタル・マンタル

 ジャイプールの創始者、サワーイ・ジャイ・シン2世は天文学にも深い造詣を持ち、このジャイプール以外にも、デリー、ウジャイン、ベナレス、マトゥラーの4ヶ所に天体観測施設を造った。その中でも、このジャイプールのジャンタル・マンタル(天文台)が一番大きい規模で、広い敷地内には約20もの天体観測器が設置されている。

 「ジャンタル・マンタル」という言葉には、サンスクリット語で「魔法のしかけ」という意味がある。

 2010年、ユネスコの世界遺産に登録された。

 

ナリ・ヴァラヤ・ヤントラ PC260078

太陽が北半球または南半球にあることを知る

(裏側の逆傾斜のとセット)

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ラグ・サムラート・ヤントラという日時計 Jaipur1

階段になっている傾斜は北極星を指している

 

ラグ・サムラート・ヤントラ Jaipur4

 

背後は、高さ27.4mもあるサムラート・ヤントラ Jaipur2

2秒単位で時間を計測でき、子午線、天頂距離も測れる

 

ジャイ・プラカーシュ・ヤントラ PC260080

地中にくぼんだ半球状の計測儀。

原型は、ウズベキスタン・サマルカンドにある

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子午線通過時間を計測するチャクラ・ヤントラ Jaipur3

 

 ジャンタル・マンタル入口まで

    <動画> (右クリックでダウンロード 36MB、2.5分)

 

 ジャンタル・マンタル内部

    <動画> (右クリックでダウンロード 54MB、3.6分)