南イタリア・シチリア旅行

2011.09.11

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ポンペイ その1

 

 ポンペイは紀元前310年にローマに支配された後、水道,舗装路,商店など都市制度を整え,ローマ人富裕者の保養地として豪華な別荘もでき,人口は2万人近くに達した。しかし,AD 79年8月24日ヴェスヴィオ山の大爆発により火山礫と火山灰に埋もれた。死者は約2000,都市としての機能を失い,二度と復興されなかった。1748年,偶然に再発見された。

 

 遺跡周辺のGoogle Map

 

マリーナ門を通って内部へ

 マリーナ門とは海の方向に向かって建てられた門という意味。

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入口ゲート vvv2_4193

 

入口付近の光景(マリーナ門の左側) vvv2_4194

 

マリーナ門 vvv2_4198

左が人用、右が馬車用。観光は右側を通る。

 

門をくぐり、短いトンネル内を歩く vvv2_4210

 

上り勾配で門を出る vvv2_4212

 

後を振り返ると vvv2_4216

 

夜に光る石が埋め込まれている vvv2_4225

 

道路の終点付近、フォーロの手前 vvv2_4226

左がアポロ神殿を囲む壁、正面奥がエウマキアの建物、

右がバシリカを囲む壁

 

この壁の裏側がバシリカ vvv2_4228

 

バシリカ

 裁判所などを含む活動の中心地の一つ。

 

 バシリカの現在と復元図の対比(購入資料)

中央付近から西方向を見る vvv2_4230

中央奥の建物で裁判官が勤務していた。

 

中央付近から東側を見る vvv2_4229

 

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バシリカの東北端から東を見る(奥がコミティウム) vvv2_4236

 

バシリカの東側面にある柱列 vvv2_4254

 

アポロ神殿

 アポロ神殿の現在と復元図の対比(購入資料)

アポロ神殿の右側 vvv2_4238

 

弓を射るアポロ神の銅像 vvv2_4237

 

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正面 vvv2_4239

 

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左側から vvv2_4241

 

フォーロ(公共広場)とジュピター神殿

 フォーロの現在と復元図の対比(購入資料)

南から見たフォーロ。中央奥がジュピター神殿 vvv2_4259

遠景はヴェスヴィオ火山

 

エウマキアの建物(フォーロの右側) vvv2_4260

巫女エウマキアの名前をつけたのが由来。

羊毛業関連の組合などが主として利用していたらしい。

 

エウマキアの建物の正面入口にある浮き彫り vvv2_4273

保護膜で覆われている

 

アカンサスの葉の螺旋模様と鳥 vvv2_4274

 

ジュピター神殿 vvv2_4261

 

中央に頭部の石像が写っているのはこの写真のみ(なぜ?) vvv2_4268

(斜め右下のものは部分拡大で挿入したもの)

 

ジュピター神殿の右側。道路の右が市場 vvv2_4264

 

ジュピター神殿 vvv2_4277

 

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