南米旅行:パタゴニアとギアナ高地 その33

2011.02.08

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地球の果て博物館 MUSEO DEL FIN DEL MUNDO

 

正面からの写真。右側が入口 vv4910

マイプー通り(Maipu)とリバダビア通り(Rivadavia)の角にある。

地元では Museo Territorialと呼ぶ。

 

イギリス船 Duchess of Albany(1893年座礁)の船首像 vv4860

The “Duchess of Albany”, of English flag, shipwrecked on July 13, 1893, on the coast of Cove Policarpo.

 

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フェゴ島に生息する鳥類

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Dr. Polidoro Segers 所有のマリア像(1893)vv4877

 

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ビーグル号と伴船Adventure vv4880

 

ビーグル号 vv4885

 

 ビーグル水道は、アルゼンチンとチリとの国境に位置し、大西洋と太平洋をつなぐ水路である。1830年のフエゴ島南部の調査で、英国海軍ビーグル号のマシュ・ムライ航海士によって発見された。その2年後の1832年にチャールズ・ダーウィンが同船し、先住民や動植物の記録を世界で初めて紹介したことで有名になった。

 

金貨 vv4890

 

金貨の袋 vv4891

 

囚人と看守の制服 vv4869

 

先住民族の写真

selknam vv4872

 

yamana vv4873-4

 

原住民族について

 インターネット上で説明されている一例として:

http://www.mercosur.jp/01_argentina/kanko_ushuaia.html

http://www.bunnotvl.com/usuaia.html

 ウシュアイアという名前は、原住民が使っていた「西に入り込んでいる湾〜Bahia Penetrando al Oeste」という意味に由来する。-Tierra del fuego島に生活していた主な原住民は次の4つである:

Ona フエゴ島のほとんどの領域をしめていた種族。180cmほどの長身。グアナコ猟をして、グアナコなどの動物の皮を身にまとっていた。

Haush フエゴ島で一番古い種族。オナ族に似ていて、グアナコなどの動物の狩猟をして暮らしていた。また、カヌ-を利用し、槍や銛で漁もしていたらしい。

Alacaluf ビ-グル水道に住み、カヌ-で移動する遊牧民族。Yamanaと一緒に漁を行っていた。

Yamana (Yahgan) ビ-グル水道、ホ-ン岬の辺りの海岸沿いに住んでいた種族で、2〜3日おきに住居を移動する遊牧民族。厳しい寒さにも関わらず服を身に着けず半裸で生活。陸で生活する際には24時間火を絶やすことがなかった。槍や銛で漁をし、ム-ル貝など魚介類を主食としていた ため、海に出ることが多く、焚き火を、カヌーに持ち込んで漁に出ていたようである。それゆえ、フエゴ島や付近の島々には、数え切れないほどの、焚き火と、登りあがる煙が観察できた。

1520年にマゼランが大西洋から太平洋に通じる海峡(後のマゼラン海峡)を発見した時、南にある山肌で先住民が火を焚いてる様子を見て、大地から火が噴いていると錯覚し、Tierra(大地)Fuego(火)と名づけられたという話が残っている。(フエゴ島の名前の由来)

 

 しかし一方で、博物館での展示資料では Selknam と Yamana の2つしかなく、両方にあるのは Yamana だけである。正しい全体像の把握には多くの情報が不足している。