エジプト旅行 (再訪)

2012.12.16〜 23

 今回の旅行は、より鮮明な写真記録を主目的とした。ほとんどが前回(5年前)と同じ対象であり、写真の質は多少向上したが、新しい発見はほとんど無かった。従って掲載の主目的も、新しいものの紹介ではなく、詳細な記録を楽しむという方向にシフトさせ、ゆっくりと眺めたいという希望者向けのものとなった。

 今一つ、広い範囲を1画面に収めたいという意図から、広角レンズを多用した。その結果、普段眺める風景とはかなり異質な光景のものが多くなった。人間の眼は焦点距離50mmであるが、16mmの広角レンズで撮影すると異質な写真として記録される。そのため、多くの写真には撮影時の焦点距離を記し、普段見る光景との乖離の程度を知る手掛かりとした。

 旅行はJTBのツアー(日程)への参加で、政情の安定が十分に回復していない時期だったため、参加者は10人であった。現地での観光客の数も以前より大幅に少なく、観光関連業者らも、2年間の氷河期からやっと愁眉を開けそうな時期になったと話していた。(2013年になって、政情がまた不安定な方向へ向かう可能性も出てきたので、ツアーの催行が当分低迷する可能性もあり、今回の訪問が幸運なタイミングだったということになるかも知れない。)

 エジプトの歴史年表(「エジプト考古学博物館」説明書<日本語版>に記載のもの)を眺めて見ると、数千年前にすでに高度な文明が定着していたことに改めて驚かされる。有名なクフ王のピラミッドは現在から4500年以上前に建造され、当時クフ王が乗ったとされる数十メートルもの長さの舟が太陽の舟博物館に展示されている。比較的新しいとされるツタンカーメン王も3000年前の人物である。その頃すでにローマ軍が用いていたのと類似の戦車が使われていたらしい。なぜ高度な文明が継続して存続するのでなく、衰退して忘れ去られることになるのか、技術の伝承という側面だけを考えても興味が尽きない。クレオパトラで終止符を打ったエジプト古代王朝が、起伏はあったものの2500年以上存続していたという事実にも目を向ける必要がある(徳川が300年、ローマ帝国が1000年の寿命である)。

 

 カメラは Canon EOS 5D Mark2 & Mark3 を使用した。 Mark3 はアスワンハイダム見学中に故障(シャッターボタンを押したままの状態になる故障と後で判明)し、カイロでは 5D Mark2 のみを使用した。GPS機器の使用はMark3 にのみ搭載可能だったので、カイロでの個々の写真の位置は記録できなかった。レンズは主として 16-35mm、70-200mmを用いた。

 老化のせいもあって、完成までに長期間を要したので、逐次追加掲載という形式を取った。

 

 第一回掲載:2013.02.01

 ・カイロからルクソールへ(飛行機からの眺め)

   ルクソールでの観光先地図   1日目の移動軌跡(GPSログ)

  

 ・カルナック神殿   地図

    概要:ルクソールのナイル東岸に位置するカルナック神殿は、複数の神を祀る神殿複合体で

     あるが、創建は中王国時代(BC2000年頃)とされる。第18王朝時代(BC1500年頃)に現在と

     同程度の規模にまで拡充された。その後、BC200年頃まで寄進が継続された。ローマ支配の

     時代に入り、異教と見なされて、その存在が忘れられて行き、再発見されるまで約1400年間、

     砂に埋もれていた。詳細は、例えば次に説明されている。

     http://www005.upp.so-net.ne.jp/nanpu/history/egypt/maps/karnak_luxor.html

    切符売場から第一塔門手前まで  第一塔門から第一中庭(第二塔門までの間) 

    第一中庭(続)  大列柱室1  大列柱室2  第三塔門から至聖所手前まで 

    至聖所周辺&第三〜四塔門の間  聖池周辺&帰路 

 

 第二回掲載:2013.03.24

 ・ルクソール神殿  地図

   概要:ルクソール神殿は当初、ナイル河の増水期に、カルナック神殿に祀られているアメン神の

    聖船を避難させ、一時安置させる(オペト祭の)場所として建設された(BC.2500年頃)。

    ラムセス二世の頃最盛期を迎え、その後衰退傾向となるが、カルナック神殿のように忘却

    されることなく継続利用された。13世紀ころ、イスラム支配の時代にモスクが増改築され

    今日まで利用され続けている。

    その1(昼間、バスからの風景)  その2(ライトアップした内部)  その3(同左)

 ・ホテルからの眺め(ナイル河と夕日)<ルクソール>

 ・王家の谷など(ナイル西岸:死者の町)  見学ルートの軌跡

    その1(メムノンの巨像、ラモーゼの墓)  その2(ハトシェプスト女王葬祭殿)

    その3(女王葬祭殿つづき)  その4(女王葬祭殿つづき)

 ・ルクソールの町(暮らしのスナップ) その1   その2

 

 第三回掲載:2013.04.11

 ・ルクソールからアスワンへ (約3時間半、バス車窓からのスナップ写真) 移動の軌跡

    その1   その2   その3   その4(水壷のある風景)

 ・切りかけのオベリスク(アスワン)

 ・アスワンからアブ・シンベルへ +ホテルの景色

 ・アブ・シンベル神殿

    その1(大神殿)   その2(大神殿、小神殿、ライトアップ)   その3(日の出)

 ・アスワンにて(アスワン・ハイダム、アスワン市内のスナップ)

 

 第四回掲載:2013.04.28

 ・カイロ近郊南部のピラミッド見学

    ギザのホテルへ到着・ダフシュールへ

    ダフシュールへ(続)・屈折ピラミッドと赤のピラミッド見学

    メンフィスへ・ラムセスの巨像など

    サッカラへ・階段ピラミッド

 ・モハメッド・アリ・モスク(ガーマ・ムハマンド・アリ)見学

    カイロ市内へ・モハメッドアリモスクへ

    モハメッド・アリ・モスク

    ギザのホテルへ

 ・ギザの3大ピラミッド観光

    その1(クフ王のピラミッドなど)  その2(太陽の船博物館)

    その3(種々の方角からの眺め)   その4(スフィンクスなど・パピルスの店)

 ・エジプト考古学博物館(館内の撮影は禁止)

    博物館へ・博物館入口付近