スペイン旅行 2013

2013.06.03-04

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アルハンブラ宮殿 その1

 アルハンブラ宮殿は、グラナダ市南東の丘の上にある。夏は非常に暑いと言われるグラナダだが、宮殿はとても涼しい。一つの城塞都市であるが、異なる時代に建てられた様々な建築物の複合体となっている。9世紀末イベリア半島南部を支配していた後ウマイヤ朝(ムーア人)末期の、アルカサーバと呼ばれる砦が原形であるとされる。宮殿が大きく拡張されたのは、グラナダを首都としたナスル朝(1238年 - 1492年)の時代である(水道の設置、アルカサーバの拡張工事など)。次の大きな変貌は、ユースフ1世(正義の門、コマレス宮など)とその息子のムハンマド5世(ライオンの中庭と、それを囲む建物など)の時代に起きた。レコンキスタの最終段階、イサベル女王らによるグラナダ陥落(1492年)の後はイスラム勢力はすべて排除される結果となったが、無血開城により建造物の多くが存続している。

 アルハンブラとはアラビア語で「赤い城塞」を意味する言葉がスペイン風に訛ったものである。スペイン語ではアランブラと発音する。

 

アルハンブラ宮殿のライトアップ

 宮殿の西北方向にあるアルバイシン丘陵地区から見た眺め

アルバイシンの丘から東南方向を見る V3_10876

 

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円筒形の建物群のように見えるが、実際は四角形の建物 V3_10887

 

昼間の眺め(インターネットから)

 

上の写真にほぼ対応 V3_10875

 

 アルハンブラ宮殿航空写真(写真撮影位置などを含む)

 

アルハンブラ宮殿へ

シェラ・ネバダ(シェラ:山脈、ネバダ:雪の意) V3_10871

 

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宮殿の近く V3_10908

 

ワシントン・アービング・ホテル V3_10910

アメリカの作家、ワシントン・アービング(1783-1859)が

アルハンブラに滞在中の見聞を基に「アルハンブラ物語」を出版した

ことで有名。その作家の名前をとったホテル(現在は廃墟・修復中)

 

バスを降りて宮殿へ向かう途中、左手にある V3_10912

 

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シェラネバダの雪解け水 V3_10916

30Km離れたシエラネバダから引き込み。

この水により、アルハンブラ宮殿は夏でも涼しく過ごせる

 

城壁内部への入口。これは通用門のような存在 V3_10919

地図で「我々の入口」と印をつけた所)

 

上図の標識プレート V3_10920

 

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少し進んだところ V3_10922

ガイドの説明(音声)

 

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フランスの大砲陳列。19世紀、ナポレオン時代のもの V3_10926

(地図のA点)

 

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カルロス5世宮殿(16世紀、未完成のまま) V3_10929

建物の外側は四角形、内側は円形の中庭

アルハンブラ宮殿の敷地内にあるが、宮殿とは異質の建造物

(カルロス5世の母はファナ:イサベル女王の娘で結婚後発狂)

 

西側、出入口付近 V3_10934

この面を背にして西を眺めるとアルカサーバが見える

 

ぶどう酒の門(地図B点付近から) V3_10931

アルカサーバへの入口

 

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アルカサーバの城壁(地図C点付近から) V3_10935

 

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カルロス5世宮殿の内側(中庭) V3_10936

音響効果が良く、コンサートなどがよく開催される

 

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アルハンブラ宮殿中心部分への入場時、禁止事項 V3_10948

カメラの撮影は禁止となっていたが、当日はフラッシュも可

(カルロス5世宮殿を通過して入場)

ガイドの説明(音声)

 

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