プラハ・ドレスデン・ベルリン クリスマスの旅 その2

2014.12.08-16

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 プラハ東部map

 

旧市街広場

 

クリスマス・マーケットの小屋が並ぶ(地点12) DE_07477

 

旧市庁舎(地点13) DE_07496

 

手前はクリスマス・マーケットを楽しむ人々 DE_07498

 

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広場の高台(クリスマスのための特設) DE_07491

 

中央奥方向が「パジージュスカー通り」(地点17) DE_07507

 

旧市街広場の一角、(地点17)の近く DE_07702

 

左がヤン・フスの像(地点12) DE_07487

ヤン・フス(1369 - 1415年)は、ボヘミア出身の宗教思想家、

プロテスタントとしてカトリック教会と対峙、妥協を拒んだため

最後には火刑に処された。

彼の最期の言葉とされる「真実は勝つ」は、その後

民族の自立を求める人々の拠りどころとなってきた。

 

クリスマス・マーケットを盛り上げ DE_07494

 

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拡大写真で楽しい雰囲気を DE_07709

 

ティーン教会

 正式名称は「ティーン (税関) 前の聖母マリア教会」。ゴシック様式の尖塔、ルネサンス様式の装飾、バロック様式の内装という多彩さ。教会のファサード (正面) にそびえる 2 本の塔の高さは 80 m。12世紀に建てられ(現在の姿は14 世紀のもの)、プラハで最も古い教会と言われている。ヨーロッパ随一の美しさを誇る宗教建築とも言われる。

 ティーン聖母教会の左正面に、重なるように建っているのがゴルツ キンスキー宮殿。1765年にゴルツ伯爵によって建てられ、後にキンスキー大公の所有物となったために、ゴルツキンスキー宮殿と呼ばれる。

 地図で見ると、ティーン教会と同じ位置に「勝利の聖母教会(Church of Our Lady Victorious)」という表記がある。1613年に建てられたという説明なので、近接した位置に存在するのではないかと思われる。「プラハの聖なる御子」と呼ばれる、全長47センチの蝋人形の赤子のキリスト像が中央の祭壇にあり、伝染病や 三十年戦争の破壊からプラハを守ったと言い伝えられているとの説明も。

 

左がゴルツ キンスキー宮殿(地点11) DE_07704

中央奥がティーン教会(地点10)

 

奥がティーン教会 DE_07483

(手前の建物は異なる)

 

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ライトアップされた夜景 7s_00823

 

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旧市庁舎

 

 旧市庁舎について、インターネットからの断片的な情報

・市庁舎は14世紀に建立された。

・1364年にゴシック様式の塔が完成、現存。塔は2つで、高さは70メートルと41メートル。展望台がある。

・1410年に、塔の南側に天文時計が新設。

・1422年に、フス派の急進的指導者ヤン・ジェリフスキーが広場で処刑された。

・1458年、フス派のリーダーの一人、イジー・ス・ポジェブラトが、ここでチェコ王に選出された。

・白山の戦い(ハプスブルク軍勢力とボヘミアのプロテスタント貴族との間で勃発した戦闘、プロテスタント側が敗北。1620年11月)の後、反乱者たちのうち 27名は旧市街広場で処刑された。

・第二次世界大戦末、ドイツ軍の戦車砲撃により一部分が破壊された(現在もそのまま)

 

旧市庁舎(地点13)。左下に塔への入口がある DE_07509

 

旧市庁舎の上部 DE_07497

 

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天文時計 (オルロイ)

 1410年に、旧市庁舎の南壁に設置された。14世紀から15世紀の間、機械仕掛けの時計が発明された直後に、数多く設計・製作された天文時計のひとつで、世界最古級。

 製作者は、カダンの時計職人であったミクラシュ と、プラハ・カレル大学の数学・天文学教授であったヤン・シンデルとされる。

 時計は2つの円盤で構成され、上は「天動説」の考えで造られた時計で、地球を中心に、太陽や月などの他の天体が動き、年月日と時間を示しながら1年かけて一回りする仕組みになっている。「プラネタリウム」と呼ばれる。

 下の時計は、黄道12宮と農村の四季ごとの作業が描かれ、その時期にどんなことをすれば良いのか分かるようになっている。「カレンダリウム」と呼ばれる。

 いずれも針がまわるのではなく、時計盤がまわる仕組みになっている。

 天文時計の上部には、からくり人形の仕掛けがあり、毎日9時から21時の正時(毎時00分)に、キリスト12使徒の人形達が、窓から姿を現す。窓の上にある、金の雄鶏が羽を動かすと、正時を知らせる鐘が鳴り響く。

 

 からくり人形の動画

 (MP4形式のファイル。マウス右クリックによりダウンロードして再生)

 

 天文時計は現在も動いているが、故障のため、長期間放置されていた時期もあった。

・1490年ごろに暦表盤の追加と時計本体へのゴシック彫刻による装飾が施された。

・1552年、時計工匠のヤン・タボルスキが補修。

・それ以降も、何度も動きを止め、そのたびに修理が行われた。

・17世紀に、動く彫像が追加。

・1865年から1866年の大修復のあと使徒の像が付加された。

・1945年、ドイツ軍による攻撃により5月7日から8日にかけてオルロイは深刻な損傷を受けた。オルロイの木製の彫刻とヨゼフ・マーネスの手による暦表盤は焼き尽くされた。その後、多大な労力を払って機械構造は修復され、オルロイは1948年に再び動き始めた。

 

天文時計(地点13) DE_07519

 

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「プラネタリウム」 DE_07520

昔に使われた4種の時間が表現されている。

天文図文字盤を見れば、太陽と月の位置が分かる。

からくり仕掛が動く時、右上の骸骨が鈴を鳴らし続ける。

 

「カレンダリウム」 DE_07515

十二宮環では、現在の星座を確認することができる。

外周には365人の聖人の名前があり、

毎日、その日に記念すべき聖人を知ることができる。

 

右がティーン教会 DE_07539

 

天文時計前の広場

 

天文時計前の広場(地点14) DE_07721

 

ホテルへの近道(地点14) DE_07531

(上図中央部分)

 

ショーウィンドウで DE_07533

 

(地点14) DE_07708

 

疲れの軽減に DE_07547

 

天文時計の並び、左にある建物 DE_07535

Draga Cadvt Regni

 

上図の部分 DE_07534

 

観光馬車、客の視線は?(地点14) DE_07544

 

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