プラハ・ドレスデン・ベルリン クリスマスの旅 その3

2014.12.08-16

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 プラハ東部map

 

旧市街広場からカレル橋へ

  (地点14)から(地点27)まで

 

At the Minute” (地点15) DE_07536

壁の浮き彫り絵(sgraffitoes)が印象的。

ハプスブルグ家の君主達が絵柄として描かれている。

この家は現在、旧市庁舎群の1構成要素となっている。

当初、15世紀にゴチック様式の家として建てられたが

16世紀にプラハのルネッサンス様式に改築された。

この家の愛称は当初 “At the White Lion”であった。

現在でも家の角にあるライオン像が、名称の由来である。

薬局として使われていたが、タバコなどを扱うようになり、

「ちっぽけな」品物という意味から、“At the Minute”という

愛称がつけられた。

1889 - 1896 の間、カフカが家族と一緒に暮らしていた。

(3人の妹がここで生まれた。)

 

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角に、ライオン像が見える DE_07550

 

カルロヴァ通りを西へ

 

(地点16) DE_07551

 

こんな料理に人気が? DE_07555

 

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丸焼き DE_07557

 

クリスマスツリーのオーナメント DE_07554

 

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独特な美しさを持つ仮面 DE_07560

右下に撮影禁止マークがあったが、気付いたのは掲載時

 

(地点20) DE_07559

 

(地点22) DE_07566

 

Dům U Zlatého hada 黄金蛇の家 DE_07571

プラハで最初にオープンしたカフェ。

建物が現在の姿になったのは1570年頃?。

18世紀後半に、当時の家主が家のエンブレムとして「黄金蛇」を

飾った。王冠に黄金蛇を飾る事が多いこと&蛇は薬を意味。

アルメニア出身の貿易商ゴルゴス・ハタラがプラハに辿り着き、

アルメニアの民族衣装を着て、コーヒーを屋台で販売、それが

成功し、1714年に「Dům U Zlatého hada 黄金蛇の家」を開いた。

http://hiro-praha.blogspot.jp/2010/04/dum-u-zlateho-hada.html

 

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振り返った風景(地点21) DE_07569

Hotel Aurus。元々は「ウ・ズラテー・ストゥドニ(金の井戸の家)」

と呼ばれ ユネスコの保護下にある16世紀の歴史的建造物

 

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Nanebevzetí Panny Marie(地点23) DE_07575

Nanebevzetí Panny Marie=Assumption of the Virgin Mary

「聖母マリアの被昇天の祝日」を展示?

 

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ヨハネス・ケプラーの居住場所(地点24) DE_07582

 

上図の拡大 DE_07581

天体の運行法則に関する「ケプラーの法則」で

よく知られているヨハネス・ケプラー(ドイツ)が、

1607年から1612年にかけて住んでいた。

 

カレル橋入口(旧市街橋塔)が見えた DE_07580

(地点25)

 

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博物館(地点26) DE_07584

The Charles Bridge Museum(Muzeum Karlova Mostu)

 

St. Salvador 教会(地点27) DE_07681

上図の右端建物。クレメンティヌム(地点29)の一部分

 

上図の拡大 DE_07587

 

旧市街橋塔(地点25) DE_07586

 

右が、カレル4世の像 DE_07588

 

カレル4世の像(地点25) DE_07590

 

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入口から西方向を見る(地点25) DE_07591

 

上図の部分 DE_07593

 

塔の右側 DE_07589

 

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