プラハ・ドレスデン・ベルリン クリスマスの旅 その7

2014.12.08-16

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 プラハ概要map

 

プラハ城

  プラハ城はボジヴォイ1世(在位870−894?)によって創建された。その後、時々の城主により増改築が繰り返された。

 15世紀、ボヘミアの宗教改革者ヤン・フス一派によるフス戦争とその後の10年、城は空位のままとなった。1485年、ウラースロー2世が城の再建に着手した。

 1541年の大火で城は甚大な被害を受け、ハプスブルク家の下で再建が行われた。ルドルフ2世はプラハ城を主たる居城とし、スペイン・ホールに貴重な芸術コレクションを展示した。

 白山の戦いから三十年戦争の過程で、プラハ城は荒れ果てた。1648年、ルドルフ2世のコレクションの多くがスウェーデンにより略奪された。

 18世紀後半に女帝マリア・テレジア(ボヘミア女王)が行った再建が最後となる。

 1918年、チェコスロバキア共和国の成立とともに、プラハ城には大統領府が置かれた。チェコスロバキアがチェコ共和国とスロバキア共和国に別れた後は、チェコ共和国の大統領府が置かれて現在に到っている。

 

ホテルからプラハ城へ

 バスは、ヴァーツラフ広場の南端まで下がり、東方面に大きく迂回して、チェフーフ橋(カレル橋から北側2つ目の橋)を渡って、城の北門へと向かった。

 

ヴァーツラフ広場で(地点02) 7s_00865

 

7s_00866

 

聖ヴァーツラフ像(地点03)(ヴァーツラフ広場) 7s_00867

 

国立博物館(地点04) 7s_01246

写真は大統領。

 

由緒ありそうな建物(車窓から) 7s_00872

最上階の壁に15-17世紀の肖像が並んでいる。

 

7s_00876

 

チェフーフ橋を渡る(カレル橋から北側2つ目) 7s_00878

 

南方向、手前にマーネスフーフ橋が見えている 7s_00879

奥がカレル橋。

 

チェフーフ橋の北西端にある円形建物(地点42) 7s_00881

 

手前右の建物はレストラン 7s_00882

 

橋を渡り終え、左に曲がったところ 7s_00884

手前の屋根は、上図レストランのもの。

 

7s_00888

 

 プラハ城map

 

 プラハ城

 

プラハ城の北門近く(地点45)。旧乗馬学校? 7s_00891

 

上図の右。手の込んだ壁 7s_00892

 

北門前の橋(地点46) 7s_00893

橋の下は空堀。

 

橋上から左手(東南東)を見る(地点47付近) 7s_00895

 

(地点47付近) 7s_00898

右の2つの尖塔が大聖堂正面入口のもの、

その左が南の鐘楼、左端が建物中央にある尖塔。

 

(地点47付近) 7s_00899a

 

左が空堀(地点47付近) 7s_00897

 

プラハ城の北門(地点48) 7s_00901

 

プラハ城の北門をくぐったところ(第2中庭)(地点49) 7s_00902

左の円形の建物は、聖十字架礼拝堂。奥の建物は大統領府。

左側面の建物に、第3中庭への通路がある。

 

第2中庭。中央がコールの噴水(1686) 7s_00904

左は井戸、細かい装飾のある鋳鉄の鳥籠格子付(18世紀)。

 

聖十字架礼拝堂(地点50) 7s_00905

 

第2中庭を東へ抜けると聖ヴィート大聖堂正面へ 7s_00906

 

聖ヴィート大聖堂正面(地点51) 7s_00907

右側が観光客などの出入口。

 

大聖堂正面の上部(裏がバラ窓) 7s_00908

 

7s_00909

 

南側から見た、聖ヴィート大聖堂正面 7s_00910

 

聖ヴィート大聖堂正面右手の門の上部 7s_00911

ここから内部へ(入口)。

 

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