イースター島 その5

2014.02

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イースター島博物館 その3

 

原住民と鳥人の彫刻 DE_02046

 

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鳥人 V3_15628

 

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カヌーの骨組み DE_02047

 

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展示室の建物 DE_02068

 

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異なる方向から V3_15618

  

 

インターネットからの情報

 

・イースター島はチリ領だが、人種・文化的にはポリネシアに属す。

 

・1722年4月5日、オランダ船(クック船長)がこの島に上陸し、ちょうど感謝祭の日曜日だったのでイースター島と命名した。現地語名はラパ・ヌイ(Rapa=島,Nui=大きい)。 チリ周辺では、イースター島というと、アメリカの一地名と誤解されることが多く、「ラパ・ヌイ」が広く使われている名称である。

 

・1995年にラパ・ヌイ国立公園として、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。

 

・イースター島の人口は約4,400人。原住民50%、チリ人30%、混血15%。

 

・1826年ペルーのリン鉱石の採掘人夫として島民が奴隷狩りの対象となり、1年後に奴隷解放されたが、島に生還したのは15人。

1877年には伝染病などで人口はわずか111人まで激減。文化は失われ,独自の文字ロンゴ・ロンゴを読める人もいなくなった。

 

・イースター島の歴史や文化を知ることが出来る文字板、コハウ・ロンゴ・ロンゴは、外国からきたキリスト教の宣教師によって不幸をもたらす「邪教の文字」として、焼かれてしまった。

 

・モアイが倒されたわけ

(1)ハナウ・エエペ(長耳族)と、ハナウ・モモコ(短耳族)の部族間戦争(階級闘争)の果て、倒されたとする説が有力。ハナウ・エエペは大きな人(貴族階級)、ハナウ・モモコは小さな人(奴隷階級)を意味するとされる。

モアイの目にはマナと呼ばれる霊力が宿っていると信じられ、目を入ることでモアイは力を持ち、部族を守った。それゆえ、フリモアイ(モアイ倒し戦争)のときには、力を奪うために徹底的に目が破壊されたと考えられている。

(2)西欧人たちがキリスト教布教の一環として、島固有の宗教を排斥したというもの。西欧人たちのスケッチに、島民がモアイを倒す横で、まるで監督者のように立っている西欧人の姿が描かれている。マナ(霊力)を宿す目の部分が土に埋まるようにうつぶせに倒された。

 

・マタベリ国際空港の滑走路は3300m(南米最長)。1986年にNASAがスペースシャトルの緊急着陸用に整備したもの。

 

・モアイの歴史   先祖崇拝~そして各部族の権力の象徴へ

初期のモアイは、人の姿に近く下半身(足まで)もある。

次には、現在知られているモアイのようなだるま型になり、縦長で下部がどっしりしていて、足がなくなり、細い指をおなかの下の辺りで組む姿となる。

その次の世代になると、プカオを頭の上にのせるようになる。表情も一般的にイメージするモアイの特徴を持つ:顔が長いのに額は狭くて扁平、突き出た眉、長い鼻、伸びた耳、落ち窪んだ目、一直線に結ばれた口、とがった顎など。この時代のものにはラノララクに放置されたものが多くある。モアイの需要がなくなった(アフに持っていく必要がなくなった)という説が有力だが、ラノララクのモアイは先祖崇拝とは別の意味で作られたもので、アフに運ぶつもりは無いという説もある。