イースター島 その9

2014.02

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 モアイの分布地図

 

 滞在2日目は島中央~東部のモアイを観光。その順序に従って写真を配置した。

 

野生の馬の群れ

 アカハンガへの途中で出会ったので、写真ストップ。住民、4,000人余りに対し、馬は約2,000頭いるとのこと。

 

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上の写真の右側 DE_01608

 

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遠景。右寄りに馬の群れが見える DE_01611

 

 

アカハンガ

 

 モアイが立っていた頃には、3000人の大きな部族が住んでいたとのこと。当時、この島は、森林で覆われていた。しかし、島の部族間ので戦争が起きたときに全部焼き払われてしまった。森林は、その部族に、水を与え、食料を与え、塩害から農作物を守る大切なものだったから、相手の部族の森を燃やしてしまえば、相手は、水・食糧不足に陥って、とても戦えない状態になる。それを相互にやりあってしまったために、食糧不足が激化、更に戦争が激化するという悪循環が繰り返され、島から、ほとんどの森林が失われてしまったとのこと。

 南海岸一帯はフリ・モアイ(モアイ倒し戦争)の激戦地だったらしく、モアイのほとんどは倒されている。

 

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海岸は、島の南方向になる DE_01618

左半分にアフが見える

 

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上の写真の拡大 V3_15075

 

倒されたモアイ像の列 V3_15066

15体のモアイがあり、伝説のホツマツア王の墓といわれる

 

モアイが手前に倒されている V3_15067

頭が下に。その手前の赤い石は破壊されたプカオ

 

画面中央、乗馬の警備員が駆け上がってくる V3_15068

 

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手前の赤い石が破壊されたプカオ V3_15082

 

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撮影地点を移動すると趣が異なる DE_01625

 

中央左の立て札は、奥への立ち入り禁止の印 DE_01626

 

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