ピレネー・バスク地方 (その9)

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トゥールーズ 2

 

キャピトールなど

 ミディ運河の次に向ったのは、トゥールーズの中心地、キャピトールなどのあるブロックである。下に地図を示す。観光は右端のウィルソン広場から出発し、左(西)方向へと移動、キャピトールの内部見学という順序で進んだ。

 

 

世代の差を教えてくれる通行風景 7s_07648

 

ウィルソン広場

ウィルソン広場の東にあるメリーゴーランド 7s_07650

 

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公園の周囲にはレンガ建ての建物が集まっている 7s_07651

バーやカフェのテラス、映画館が数多く軒を連ね、活気がある

 

トーマス・ウィルソン大統領の像 7s_07657

なぜアメリカのトーマス・ウィルソン大統領?の像がここに

あるのか、解説を見付けることができなかった。

(大統領のノーベル平和賞受賞と関係があるのか?)

 

膝上の椅子は誰かのいたずら 7s_07658

足元になぜ裸婦が寝そべっているのか、市庁舎内の絵画を

見れば、ある程度納得できる。

 

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シックな飾付け 7s_07662

 

ドンジョン 7s_07665

 

昔は監視塔として使われていたとのこと 7s_07677

 

子供の活気 7s_07669

 

子供と老人との交流は日本では珍しい? 7s_07670

 

滑り台の後ろにある古い建物 7s_07673

 

キャピトール広場

キャピトール広場 7s_07682

 

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左側面に市役所(キャピトール)への入口がある 7s_07683

 

反対方向から見た入口 7s_07742

 

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キャピトール

7世紀頃からトゥールーズは周辺の力関係から独立状態となり、12世紀以降までその状態が継続、その間に実質的な王国が形成され、その為政者は代々「トゥールーズ伯」と呼ばれるようになった。

1152年、トゥールーズ伯によって、都市の共同議会と、城壁外の町が設置された。共同議会はキャピトゥラ(capitoulat)と呼ばれ、市内の6つの地区から選出された12人の構成員(Capitoul)からなっていた。これは最初に市民が司法権を獲得した出来事だった。彼らは伯爵から命令を受け、税の徴集や市民軍の育成を行っていたが、その実践を通じて、自ら権力を獲得したのである。

1190年、北門に近い城壁の反対側に、市民は自らの力で市役所建物を建設した。これが現在市の象徴となっているキャピトル邸(キャピトル・ド・トゥールーズ)である。現在の市庁舎はキャピトル邸を利用したもので、「キャピトル」と呼ばれている。

レンガと石が美しい調和を見せる18世紀を代表する都市建築で、8本のピンクの大理石の柱は、選出された8人のキャピトゥールを象徴している。建物には、Hotel de Villeや国立キャピタル劇場(Theatre National du Capitole)が含まれ、19世紀芸術家の作品を所蔵する。キャピトル邸の後ろには、かつて監視塔に使われたドンジョン・ド・キャピトルがあり、現在は市観光局が入っている。

市庁舎の2階は一般公開されている。

地元の画家アンリ・マルタンによるトゥールーズの四季を描いた巨大な絵画や、ゴージャスなシャンデリアなどを見ることができるが、特に目を引くのは、結婚式や市の行事が行われるファサード側の大広間「名士たちの間」である。鮮やかな色彩で描かれたフレスコ画は圧巻の一言に尽きる。

何気なく通り過ぎてしまうような中庭の通路も見逃せない。フランス王アンリ4世の像が壁の上にある。やさしくほほえむその姿に安らぎを感じる。

 

1760年に完成したトゥールーズの市庁舎 7s_07686

入口を入ったところ(東方向を向いている)

建物の横幅150m

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上図の下側 7s_07695

 

アンリ4世の像 7s_07689

 

アンリ4世の像の反対側 7s_07696

 

側面 7s_07687

 

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