ピレネー・バスク地方 (その13)

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 6月15日はヴィエリャ・パラドールを出発して、サン・ベルトラン・ド・コマンジュを訪れた。この日は1日中曇天で(その他の日は晴~快晴)、すっきりした風景は望めなかった。

 サン・ベルトラン・ド・コマンジュ(Saint-Bertrand-de-Comminges)は、トゥールーズの南110㎞、ピレネー山脈のふもと、大きく道が蛇行する曲がり角に位置する(目次ページの地図参照)。紀元前72年にポンペイウスが拓いたローマ時代の都市で、2000年の歴史を持つ。ユダヤ王ヘロデスが流されてきた地でもある。535年、ブルグンド族に滅ぼされた後、無人化。1073年、聖ベルトランがこの地に大聖堂と修道院を建て、司教都市として重要地点となり、今では巡礼の道の途中の町となっている。 

 

車窓からの風景

嘆きの像? 7s_08143

 

川の水を取り込む 7s_08159

 

サント・マリー大聖堂

(サン・ベルトラン・ド・コマンジュのサント・マリー・ド・コマンジュ大聖堂 Cathedrale Sainte Marie de Comminges)

 同名の聖堂がバイヨンヌにもあり、そちらの方が規模が大きいので、そちらが優先検索される。「サン・ベルトラン・ド・コマンジュ」を付けるのが良い。

 

丘の上に見えてきた 7s_08166

塔の部分が入口で、建物の東側になる。

 

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丘の上への登り道 7s_08176

 

サント・マリー聖堂(A)付近の地図

 

駐車場で 7s_08186

 

地点K付近から聖堂(東方向)を見る 7s_08189

 

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地点G付近(北方向を見る) 7s_08196

 

トイレへ 7s_08198

 

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貝殻印(巡礼者受け入れます) 7s_08206

地点G付近(東方向を見る)

 

St. Marie (地点A)入口付近 7s_08210

正方形の鐘塔(ロマネスク時代のもの)

 

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タンパン 7s_08241

 

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入口右手(回廊への入口?) 7s_08223

 

タンパン 7s_08239

東方の三博士の礼拝を受ける聖母マリアとキリスト

右側にはこの聖堂の名前の由来でもある聖ベルトランの姿

 

十二使徒の装飾が施されたポルタイユ 7s_08225

 

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世界遺産への登録証 7s_08218

 

Saint Martin (地点B) 7s_08236

 

入口前広場(地点A, B, Cの間) 7s_08220

 

地点C付近から北方向を見る 7s_08212

 

(地点E) 7s_08310

 

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地点H (地点E付近から東を見る) 7s_08313

 

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地点Aの右手付近から地点Jを見る 7s_08297

 

地点Jから西方向 7s_08301

 

地点J南の端から西方向を見る 7s_08305

 

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地点Jから東北方向を見る 7s_08306

 

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 サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路というものを間近に見聞して、日本の「お遍路さん」との高い共通性に驚いた。信仰の対象は異なるものの、信仰追求へのシステムの類似性の高さについてである。

  「天国と地獄」と「地獄、極楽」のストーリーの類似性、原始宗教の宗派分裂と対立なども人間の持つ思考回路の共通性を反映したもののように感じる。

 信仰という、人間が本質的に持つ心的特性と、それを具現化した虚構との区別、虚構の違いによる不毛な対立(宗教戦争など)という事柄を、人類はいつマネージできるようになるのだろうか。

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