ピレネー・バスク地方 (その19)

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ポー (その2)

 

ポー城内部の見学

 ポー城観光の主役、アンリ4世については、wikipedia (https://ja.wikipedia.org/wiki/アンリ4世)などでやや詳しく紹介されており、ご関心のある方はそちらを探索していただきたいが、要点だけを簡単に紹介しておく。

 アンリ4世は、ブルボン家のヴァンドーム公アントワーヌを父に、フランス王フランソワ1世の姪であるナバラ女王ジャンヌ・ダルブレを母に、1553年フランス南西部のポーで生まれた。

 日本の戦国時代と良く似た時代背景の下、宗教戦争などに巻き込まれながらも巧みにくぐり抜けて領主の座を守り抜いて行ったが、1610年に狂信的なカソリック信者に暗殺された(56才)。家系としては、子孫がフランス国王ルイ13世、14世と、繁栄を続けた。

 女性関係は多情で、50人以上の子供を作ったとされるが、領土の統治については領民の信任が厚く「良王」と呼ばれた。1572年、最初の結婚の直後、宗派がらみの虐殺事件に巻き込まれ、自由を奪われた。それが一因で妻と離婚、次の相手とは結婚直前まで進行したが、相手の急死により頓挫、1600年にメディチ家のマリー・ド・メディシスと再婚した。2人の間には6人の子が生まれ、その一人に将来のルイ13世が含まれる。

 

 博物館の受付は入口すぐの右側(北側)にあるが、ガイドに案内されたのは南側の建物、見学後もその建物から出たので、見学場所は南側の建物と思われる。

 ガイド・ツアーの所要時間は約1時間という説明がインターネットにあったが、我々の所要時間は30分弱という駆け足見学で終わった。

 

受付 7s_08860

 

2階へ上がったところにアンリ4世の像 7s_08864

 

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豪華な壺だが、内容不明 7s_08866

 

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子供向けの豪華なタペストリーが所狭しと

 

(カメラ設定のミスにより、暗い場所では縞模様が現れている。細部が必要なときは拡大写真で)

 

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これが織物!(上図の部分) 7s_08875

 

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上図の部分 7s_08886

 

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上図の左部分 7s_08887

 

天井には「M」と「H」のイニシャル文字が 7s_08884

 

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