ピレネー・バスク地方 (その23)

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サン・ジャン・ド・リュズ その1

 

 サン・ジャン・ド・リュズ(Saint-Jean-de-Luz)はフランスの西南端、スペインとの国境に近い町である。ビアリッツの南にある漁港として知られ、12世紀には既に立派な洗礼者聖ヨハネ教会(町の守護聖人である洗礼者ヨハネに捧げられた教会)が存在していた。

 フランスとスペインの長期に亘る戦争を終結させるため、1659年11月にピレネー条約が結ばれ、フランスのルイ14世(太陽王)とスペイン王女マリー・テレーズ(ハプスブルク家)が政略結婚(1660年6月9日)、その式場としてサン・ジャン・バティスト教会(洗礼者聖ヨハネ教会)が選定されたことで、この地が一段と有名になった。

結婚式が行われるまでの間、フランス国王とスペイン王女がそれぞれ滞在した家が現在も残されている。

 ピレネー条約では「国境をピレネー山脈とする」という文が含まれていたため、バスク地方が2つの国に分断されるという悲劇も生じた。

 サン・ジャン・ド・リュズの魅力は、教会のほか、赤と緑の木組みを用いた可愛らしいバスク・メゾンが立ち並ぶ町並みと、リゾート気分満点の海辺の風景で、バスクの町のショッピングを楽しみたいのなら、バイヨンヌには観光客向けのお店はそれほど多くないので、サン・ジャン・ド・リュズがおすすめとのこと。現在はリゾート地としても有名で、バスクの美食でも知られる。

 

感想

 この地を訪れた主要な目的は、ルイ14世が結婚式を挙げたサン・ジャン・バティスト教会を見ることであったと思われる(ツアーに組み込まれていたため、能動的な意図があったわけではない)。

 サン・ジャン・バティスト教会は開放的な感じがする裕福な教会で、サン・ベルトラン・ド・コマンジュのサント・マリー大聖堂のような、息が詰まりそうな雰囲気とは正反対の気分で見学することができた。

 町の雰囲気も開放的で、サンフランシスコやバルセロナと似た気分で見て回ることができた。

 それ以上の、特筆すべき印象は残っていないが、教会が関係する何かの儀式の一部分を目にしたので、記録として残した(最初は結婚式ではないかと思ったが、そうではなく、葬儀でもなさそうな、意味不明のままの儀式であった)。

 

サン・ジャン・ド・リュズの町

 

サン・ジャン・ド・リュズmap1(クリックで拡大)

 

サン・ジャン・ド・リュズmap2(クリックで拡大)

 

ルイ14世広場(map2, 地点2) 7s_09222

 

同上 7s_09226

 

マカロン(小麦の固焼きケーキ風) 7s_09220

ルイ14世と、スペイン王女マリー・テレーズの結婚式で

引き出物として配られた菓子(map2, 地点8)

 

MAISON ADAM(map2, 地点8) 7s_09318

マカロンのお店

 

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上図の左。2号店? 7s_09314

 

Pierre Oteiza(上図の左) 7s_09310

ワイン、燻製品などの店

 

豪華な客船が停泊している海辺 7s_09281

 

9階建て以上の高さ(map1, 地点4) 7s_09285

 

Fort Socoa(map1, 地点3)上図の左側 7s_09295

 

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Le KAIKU(レストラン) 7s_09303

看板のプレートに惹かれて

 

反対側(海側)を向いて 7s_09306

 

マリー・テレーズの館(map2, 地点7) 7s_09339

Maison de I'Infante

マリー・テレーズが結婚式の準備のために使った家

 

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ルイ14世の館(map2, 地点6) 7s_09225

 

Hotel Villeの入口内(map2, 地点6の左) 7s_09344

 

レオン・ガッベッタ通りの標識 7s_09229

 

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