ピレネー・バスク地方 (その25)

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バスク地方

 直前に紹介したサン・ジャン・ド・リュズを含め、これから紹介する旅行の訪問先はすべてバスク地方に位置する。

 バスク地方とは、現時点の地図では、大西洋岸沿いに、ピレネー山脈を挟んで、フランス側3地域(中心都市:バイヨンヌ、サン・ジャン・ピエ・ド・ポル、モレオン)、スペイン側4地域(中心都市:ビトリア・ガステイス、ビルバオ、サン・セバスティアン、パンプローナ)を指す。

  

 

 この地方には、古くからバスク人と呼ばれる民族が定住し、古代ローマ時代には自治を許されていた。諸領主の連合、対立を繰り返しつつ全体として経済の拡大が進行していったが、同一民族という連帯感があり、対外勢力との対峙には連携して対処することが多かった。しかしフランス、スペイン、イギリスなど大国の力には抗し切れず、1659年のピレネー条約を機に、バスク地方は完全に、フランス、スペインの2国に分割統治される結果となった。その後も民族自立運動は継続されているが、しだいに力を失いつつあるように見える(スペイン内ではバスク自治州、バスク語による地名の併行表示など、自治意識の高まりも結実していっているが)。

 バスク地方には、その生活様式に由来する独特の文化資産が数多く存在する。木骨構造の家屋、バスク十字の紋章、ベレー帽(欧州軍の制服の一部分)、ピンチョスなどのバスク料理、チャコリ(白ワインの一種)、ベルチョラリツァ(伝統的な即興詩歌)、ペロタ・バスカ(素手もしくはラケットとボールを用いる球技)、農作業から生まれた伝統的スポーツ(桁はずれな体力と気力を必要とするが、格闘技の要素はみられない):イディ・プロバック(巨大な石を制限時間内に引っ張る競技)、セガ・アプストゥア(刈り取った牧草の重量を競う草刈り競技)、エリ・キロラク(巨大な石を肩まで担ぐ石の担ぎ上げ競技)、アイスコラリ(斧だけを用いて丸太を切断する丸太切り競技)、ソカ・ティラ(綱引き競技)、チンガス(両手に鉄の塊を持って歩く競技)など。

 

田舎の風景

 

 フランス側バスク地方にある田舎を3ヶ所(アイノア、エスプレット、オーベルジュ・バスク)訪れた。

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アイノア

 アイノアは、バスク地方の中心部に位置し、周りを丘に囲まれた村である。サンティアゴ・デ・コンポステラ(Saint-Jacques-de-Compostelle)への巡礼者の宿場町として、またフランス王国とナバラ国(旧スペイン領)の交易の中継地として、13 世紀に建設された。その後、村は30 年戦争によって破壊・焼失され、再建されたのは1650 年頃になってからである。

 家屋はラブール地方の建築様式で、コロンバージュという伝統的な木組みの家、白壁に突き出た丸瓦の屋根が特徴的。壁は石灰で白く、またコナラでできた外壁の赤い木骨はかつて虫を追い払うために牛の血で赤く染められていたことに由来する。

 村の中央には古城の基礎の上に建立されたノートルダム・ドゥ・ラソンプシオン教会(Eglise Notre Dame de l’Assomption à Ainhoa、13世紀に創立)がそびえ、その周りには16~17世紀に作られたバスク地方独特の円盤型石碑が建てられている。今日、村は熱心なキリスト教徒たちのメッカとされ、毎年教会から十字架の建つ丘(450mの高台)までの巡礼が行われ、その姿はこの地方一番の美しい風景とも言われる。

 「フランスの美しい村」(L'un des plus beaux Villages de France)の一つとして登録されている。

 

アイノアの地図  クリックで拡大

      1 ホテル・イチュリア

      2 教会(ノートルダム・ドゥ・ラソンプシオン教会)

      3 十字架の建つ丘

 

周辺の風景 7s_09104

 

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ホテル・イチュリア

 田舎の若者が仕事用の制服を身に付けたという感が残る印象。

正面入口付近(南面) 7s_09131

 

右手(東面)の入口 7s_09128

 

食堂の一風景 7s_09125

 

ホテルの部屋からの眺め(西側を見る) DE_20175

 

ラリューヌ山 7s_09187

 

ホテルの近くの風景(位置4付近) 7s_09173

 

(位置4付近) 7s_09175

 

イチュリア(位置4付近から) 7s_09181

畑に囲まれた建物という感じ

 

ノートルダム・ドゥ・ラソンプシオン教会

  (地図 位置2)

 この教会についてインターネットで調べたところ、日本語の紹介ページでは、 13 世紀建立、14 世紀建立、13~14 世紀建立など、説明が異なっていた。そこで教会名での検索を試みた。「ノートルダム・ドゥ・ラソンプシオン教会」または「Notre Dame de l’Assomption」で検索すると、表示されるのはパリの教会ばかりで、アイノアのはなかなか見付からない。

そこで「Notre Dame de l’Assomption Ainhoa」で検索したところアイノアの教会が表示され、名称そのものは正しいことが確認された。表示される説明はフランス語ばかりで理解できない。そこで機械による自動翻訳で、次のような内容を知ることができた。

 この教会は13世紀に建てられ、その後改修された。八角形の鐘楼は1823年の建立。革命時には人々の避難所となり、飼料の保管場所になっていたことが抜け穴や掘削の跡から推察することができる。 1801 年に元に戻された。 1996 年に歴史的建造物として指定された。

 次のページには内部構成の説明や、多くの写真が掲載されている(フランス語)。

http://onvqf.over-blog.com/2014/10/eglise-ainhoa-pyrenees-atlantiques-64-aaa.html

http://www.petit-patrimoine.com/fiche-petit-patrimoine.php?id_pp=64014_2

 

メイン通りから見たところ 7s_09145

 

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バスク地方特有の墓石がある 7s_09149

 

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裏手からの眺め 7s_09135

 

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教会内部(インターネットから)

内部を見学せずに終わったのが残念

 

メイン・ストリート

 

伝統的な木組みの家、外壁の赤い木骨 7s_09154

閑散として活気が感じられない

 

みやげ店(この店だけ開店) 7s_09167

 

メイン通りを農耕作業車が 7s_09170

 

あじさいがきれい 7s_09159

 

メイン・ストリートの終端(南)付近 7s_09162

 

十字架の丘

 (地図 位置3)

メイン通り付近から見る 7s_09152

 

同上 7s_09163

 

インターネットでの写真

 

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