三内丸山遺跡

2021.07.20

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 空き時間を埋めるための、特に目的意識を持たない訪問であったが、日本でも数千年以上前から、明確な社会秩序を持った集団生活が営まれていたことを知って衝撃を受けた。古代エジプト文明はBC3000頃に始まり、BC30頃まで存続したとされるから、三内丸山(さんないまるやま)集落が活動していた、BC3900~BC2200頃は、ずっと時代を遡ることになる。(縄文時代全体としては、BC13000~BC400頃と、非常に長期間存続していたようだ。次の弥生時代は数百年の期間で終了?)

 東北、北海道には縄文時代の遺跡が数多くある。

 人間は、技術利用の恩恵を受けるという点では目覚ましい進歩を遂げたが、生活の満足感という点で、どれくらいの進歩があったのか、改めて考えさせられる場所であった。(技術進歩は、権力の集中ということ以外には、ほとんど寄与しなかったのではないか?) 長期にわたり、安定的な社会構造を維持できたのはなぜか?

 数千年前にすでに発達していた木材利用技術、何世代にもわたり受け継がれている集団活動と社会秩序、大型家屋建設に見られる共同作業の確立、精緻な装飾品に見られる女性の本能的な欲求と、それを可能にする時間的余裕など、日本でもおそらく何万年も前から、刹那的な狩猟生活ではなく、備蓄食料や諸資源の保存があり、社会的な秩序を持った継続的な集団生活が実現していたことを知って、義務教育時代のままに止まっていた関連知識がまったく塗り替えられる結果となった。

 

  復元された三内丸山集落の一部分 (その1   その2

  発掘された遺跡埋蔵物の展示